鈴木 寛のBlog

0005大阪府知事選挙

ある人から頼まれて、大阪府知事選挙のマニフェストを考える機会を得た。三日三晩、あらためて大阪のことを考えた。

僕も青春時代を関西で過ごしたものとして今の低迷ぶりは何とかしたい。実は、わずかばかりの罪滅ぼしと思って、阪大にも月一回講義に通ってもいる。

候補予定者の橋下氏は昨日すでにマニフェストを発表した。堺屋太一さんが監修しているそうだが、さすがにできは悪くない。、平時のマニフェストとしては合格点だ。子供の笑顔というコンセプトのもとに、子育て世帯の望むことを打ち出している。ただ、大阪府の財政は火の車で、そのなかで、どれだけ手厚い措置を講ぜられるかが泣き所だが、これは誰がやっても同じだから失点にはならない。

大阪府知事が真にやるべきは何か?大阪府最大の問題は倒産寸前にある財政赤字と借金だ。しかも府が粉飾をやっていて、3000億の借金隠しが明らかになりつつある。財政再建管理団体になり、総務省の管理下に入り、国からいわば破産管財人がやってくる一歩手前だ。今は平時ではなく有時なのだ。

どうすればいいのか?細かいことは色々ある。橋下氏もいくつか言っている。しかし、その程度のことでは、どうにもならない。

答えは近くにある。金融危機で銀行はどうしたか?「合併」だ。三井と住友が合併して銀行を作るなんて、三和銀行、日本興業銀行の名前がなくなるなんて誰が予想しただろうか?でも銀行はそれをやり、苦節10年堪え忍び、生き残った。百貨店もしかり、三越と伊勢丹も合併だ。

銀行だけではない。大学だって、司馬遼太郎先生の母校大阪外大は阪大と合併し、その名は消えた。

右上がりから縮み経済へと前提が変わるなか、行政とて、その例外ではありえない。地方では、市町村合併もかなり進んだ。大阪とて例外ではない。究極の行政改革。と同時に関西再浮上の起死回生策。それは「府市合併」、「大阪都」の創生だ。しかも、今回の知事選が、それに取り組める最初で最後のチャンスだ。明らかに日本の戦後行政史上の大難業となる。

最大の抵抗勢力は府議・市議である。先般、選出された大阪市長平松氏とも話し、協働しないといけない。関西の学者、財界人、法曹界を挙げての協力も必要だ。合併委員会の長は三井住友頭取の関経連会長が適任だろう。

経済建て直しも、喫緊の課題だが、鍵は、アジアの人とカネを如何に関西に呼び込むかだ。しかし、財政難の府は予算や税を使った施策は打てない。こうしたときは、ソフトパワーで何かできないか考える。

そこで僕の提案は、府立高校における中国語準必修化だ。中国語が通じる街に大阪を作り替える。中国本土からはもとより、台湾、シンガポールなど華僑資本の投資も促進される。如何に言葉が大事かは、日本企業が何故大連を進出先選びたがるのかを考えれば明らかだ。

若者の就業能力も中国語を習得することで一挙にアップできる。若年雇用増にもつながる。


もう一つ、新知事にお願いがある。私も大変にお世話になった、年末、山本たかし参議院議員がお亡くなりになった。1月12日がご葬儀だが、山本先生のライフワークだった、がん対策基本法は、先生の覚悟と我々民主グループのチームワークとイニシアティブで成立した。しかし、もう一つの先生のライフワーク「自殺防止法」は、まだ日の目をみていない。先生の地元、大阪でまず「自殺防止条令」を作ってほしい。年間3万人の方が経済苦・病苦でみずからの命を断っている。関西も深刻さに変わりはない。経済苦・病苦で自らの命を断たなくてよい「大阪」のためにあらゆる施策を講じるとの宣言をし、リーダーシップを発揮してほしい。

「自殺をなくす」。これこそ、究極の政治の仕事のはずだ。

知事選、メディアも真剣な論戦が盛り上がるよう死力を尽くしてほしい。

2007-12-31 23:22:00

0004東京・名古屋リニアモーターカー

先日、JR東海が取締役会で2025年までに、中央リニアモーター新幹線の東京・名古屋間建設を決定したとの報道発表があった。総工費五兆円を、自前調達するとのことだ。

そのニュースを見たとき、これはいけると直感した。ポイントは資金を自前調達にしていることだ。このプロジェクト、国の資金をいれた瞬間に頓挫するだろう。なぜか。国家予算というのは要求額から必ず査定減額される。要するに、必ず値切られる。それに、国の予算というのは一挙に増やして・減らすというのが苦手だ。いまどき、政治的リーダーシップも発揮しづらいので、予算を付けるといっても、ちびちび、ちびちびとなるだろう。それに予算を要求し獲得するのは労多くして益すくなし。わずかな予算でも、本質とは関係ない重箱の隅をつつくような議論に延々つきあわねばならず、しかも、担当の役人は二年で交替するから、いつも素人同然の人に説明にいき、お伺いをたてなければならなくなる。決して日本政府を揶揄しているのではない、アルビン・トフラーも、その著書「富の未来」のなかで企業と政府の問題処理スピードの違いを述べている。そうした政府が関与することに伴う膨大な調整コストを考えると自前調達の判断は極めて賢明だ。

5兆円の調達だが、少ない金額とはいえないが、世界の投資家から一夜にして集まるだろう。すでに上海では空港と中心市街でリニアが導入されているし、愛知万博でも試験導入された。もちろん東京・名古屋では間、距離は違うが、技術的にはすでに成熟しており、技術的な障害はほぼない。
そもそも1964年開通の東海道新幹線が、2025年で耐用年数の60年を迎え、その設備更新をどうするかという観点から進められている計画なので、必要性も高い。いずれにして実現可能性は高い。

我々の世代が中心になってこのプロジェクトを引っ張っていくこととなるが、これくらいのプロジェクトがきちんとできないようでは子孫に申し訳ない。

ところで、リニアが開通すれば国土構造・国土軸は激変する。それを想定して様々なことを準備しなくてはならない。たとえば、静岡県の環境激変は明らかだ。また、関西の劣勢は促進される。名古屋・大阪間のリニア建設はどうするのか?ほかにも様々な構造変化が起こる。あらゆる分野で、すべての国民が、心して備え、手を打ちはじめなければならない。

過去の歴史を振り返っても交通幹線再編への対応が栄枯盛衰を分ける引き金になっている。

2007-12-30 23:18:00

0003ブット暗殺

パキスタンで27日ブット元首相が撃たれて亡くなった。明るい兆しが見えかけていた同国の民主化に、暗雲立ちこめるどころではなく、どしゃぶり・地崩れの事態となった。パキスタンは当分、大混乱、内戦状況にもなってしまうかもしれない。

21世紀になっても、人間はほとんど進歩していないのか?暗澹たる気持ちになる。私も大変ご指導いただいた民主党の石井紘基先生も六年前に刺殺されておられるし、長崎市長射殺事件も記憶に新しいが、我が国とて、暗殺とは無縁ではない。

暗殺で事態は変わるのか?残念ながら答えは「イエス」である。悪いほうには一挙に変わるのだ。だからテロがなくならない。地道な努力の積み重ねを一夜にして水泡に帰さしめる。

国会議員になった1ヵ月半後の2001年9月11日、米国同時多発テロが起こった。その直後に、印領カシミール州議会もアルカイダのテロに遭った。翌月、僕はカシミール州上院議長にお会いして、その惨事の詳細を伺った。

その後、日本の識者に、テロは米国だけでなくインドでも起こっていることを、ことあるごとに知らしめるのが僕の役割となった。その年の12月はじめ、僕も、インドのバジパイ首相にもお会いしたが、同首相の帰国直後、今度はニューデリーの国会が全国会議員が院内にいるとき襲撃された。かなりの数の衛視が銃撃戦の結果、亡くなった。

この国会襲撃テロによって、インド・パキスタン関係は一即触発、国境線には戦車隊が緊急配備された。世界中の国々・メディアも固唾を飲んで見守った。

こうしたときに日本は何が出来るか?僕は、シドニー大学で、平和創造における中位国(ミドルパワー)の役割、その一例として、カンボジア和平と化学兵器条約におけるミドルパワーオーストラリアの果たした役割について、研究していたことがある。結論はミドルパワーができることは「オネスト・ブローカーつまり仲取り持ち役」だ。軍事的には中位国である日本の歩む道もここにある。と僕は信じている。

「パワーバランス外交の下請けを脱し、コミュニケーション外交のファシリテーターへの転換」が僕のコンセプトだ。

当時、僕は、鳩山代表の下、民主党代表室次長を仰せつかり、一連の鳩山外交の企画を任されていた。僕の持論のコミュニケーション外交論をお話し、鳩山先生からは友愛外交そのものだとお墨つきをいただき、民主党が政権をとった暁の外交の姿を先取りして実践しようということになった。
まず、年末ぎりぎりに首藤衆議院議員(当時)とご一緒に鳩山先生に同時多発テロ後、国会議員としてははじめてアフガンに入っていただいた。

そして、一旦帰国後ただちに、小沢鋭仁衆議院議員(当時代表室長)にも同行いただき鳩山先生にニューデリーに飛んでいただき、さらにニューデリーからインド大統領機でカシミールに入っていただいた。1月10日前後の日程だった。

実は、その直後には、パキスタン議連会長でもあり民主党特別代表でもあられたギレン羽田ツトム先生にはパキスタンに飛んでいただいた。インドとパキスタンのバランスに配慮したからである。

小泉総理は何もしなかったが、時を同じくして英国のブレア首相、仏のシラク大統領、中国の朱鎔基首相もニューデリー入りし、インド・パキスタン両国に慎重な対応をもとめ、事態の鎮静化を図った。ただカシミールにまで足を運んだのは鳩山先生だけだった。

このとき終生忘れえぬ鳩山先生とのやりとりがあった。年末のアフガンは地雷が埋まる地域への訪問が含まれていた。年始のインドは、カシミールへの行き帰りの飛行機はパキスタン軍による撃墜の危険、現地でもテロのリスクがあった。もちろん私も大統領機の使用、インド空軍戦闘機の護衛の手配など最善は尽くしたがリスクは依然高い。私がインド側と詰めた全行程とリスクについて説明させていただいた後、鳩山先生が「仮に、こうしたことで生命を落としたとしても、政治家として本望だ。」と、淡々と、おっしゃった。そのとき、改めて政治家という仕事の真髄を思い知るとともに、親子四代にわたり、そのことを心の奥底に刻みつづけてきた鳩山由紀夫の器の大きさを見た。

このときは出張中の安否を本当に心配した。私も奥様・ご長男とご一緒に成田にお迎えに参上し、無事なお姿を拝見し本当に安堵したことを覚えている。

この後、在ニューデリーの各国大使がカシミール出張が一挙に増え、本国政府にカシミール問題の深刻さが打電されるようになった。結果、印パキ問題がグローバルな課題となったため、世界の注視による平和創造が可能になった。インド側からは、大変に感謝された。

その後、印パキ関係は、カシミール地震での国をこえた人道支援などもあり、じわりと雪解けを迎え、遂に、この2年は、二国間関係は寛解導入に成功していた。

アフガニスタンで米国ブッシュ大統領の力づく外交がほとんど成果をあげられていないのと対照的に、印パキにおける、コミュニケーション外交中心の平和創造アプローチは、かなり成果をあげた。

しかし、今回のブット暗殺事件でパキスタン情勢は一挙に流動化し、アフガン・インド・イランに直接的な影響を与えるだろう。

元のもくあみになってしまった。関係者の落胆の色は濃い。僕ですら少し肩を落としているくらいだ。

しかし、この絶望から一筋の光明を見いだすのも人間であると信じたい。

2007-12-29 15:35:00

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鈴木 寛

参議院議員

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