鈴木 寛のBlog

0002ネット同人誌「シブヤ」

僕は、文章を書くのは大好きなのだが、日記は苦手で、いつも三日坊主だ。学生時代、芝居にハマっていたこともあり、題材を探し、おもしろい着眼・視座を考え、構成を練り、いいフレーズ・言い回しなどを磨いているときはとても楽しい。

ただ、書きながら考えを整理していくタイプで、最初に書いたものは、跡形もなく手をいれるから、時間がかかる。結局、書くための時間を毎日は確保できず、日記は続かなくなってしまう。こんな僕は、原稿の締切に追われたほうが、ある意味ありがたい。

今僕は、はからずも自分の性格、つまり、自制心に欠け他律的で、文章下手な割りに凝り性で、自分の言葉には責任はもつ一方、自分の回りに囲いをつくり、そこから一歩外にでた所での発言には慎重で、根は表現好きなのに必要に迫られるまでリスクを犯して発言する踏ん切りがつかないタイプの人間であることをバラしてしまった。

人間は発言や表現を推敲・修正・洗練させながら、ほどよいところだとその人なりに判断して、自分の外に言葉を発している。だから書き方と話し方をみれば、その人の性格、責任感、協調性、大胆さ、慎重さなどはおおよそ察しがつく。
ただし、ネットという場と自分との距離感については、迷いながら、はかりかねているというのが多くの人の本音だろう。

ネット登場後、改めて露呈したのが日本人の公共感覚のバラツキだ。学校で教えてないから、バラツキが蔓延・拡大している。ネット上のトラブルも、公私の境のづれが原因だ。

明治・大正のころの私小説が登場したときと少し似た状況にある。

ハンドルネームが、実社会での追跡・追求を回避することによって、実質的な表現の自由を限りなく拡大しているのはご承知のとおりだが、そもそもブログやウエブの言語空間は、まず、「脳」の外部なのか延長なのか?つぎに「我」のものなのか「我々」のものなのか?について認識のづれが膨張し、未整理・未自覚のまま、放置されている。

頭のなかで閃いたこと、思いついたこと、ふと浮かんだことを、そのプロセスのままに、そのまま垂れ流すべきなのか?それとも一旦は押しとどめ、それを推敲・進化したのちに書き記すべきなのか?誰も答えてくれない。

我々のものであるなら、むしろ、それは克明に記し、仲間には積極的に共有すべきということとなるが、その場合、仲間にはどこまでを含めるのか?よく考えねばならない。読者までを含めるのか?いろんな「我々」の範囲をめぐり、設定の仕方がある。

日本人が、勅撰集、連歌、同人誌・・などを編み出してきたのも、ここらへんに理由ある。ポータルや検索サイトはネット勅撰だし、2ちゃんねるは、ネット連歌。
今回、シブヤブックスの福井さんがはじめたこのウエブは、初の本格ネット同人誌にほかならない。初物好きの私が話に乗った理由も実はここにある。白樺派ならぬシブヤ派なんてえのができたら嬉しい限りだ。

シブヤ派の秘訣を思いついたので忘れないうちに福井さんに教えておこう。

その1。まず過去の事例から判断すると、人気を気にしないこと。ハヤラそうとか、一花咲かそうなんてことを決して思わないことだ。明治、大正の同人誌も好きな奴らがただすきなようにやっていたにすぎない。後で振り返ってみると、その中の極めて運のいいグループがたまたま大ヒット、一世風靡し、何十年たって、メジャーになった。すべては、たまたま、後知恵だ。だから、運は大切だ。

その2。今、モダンからポストモダンに時代は移りつつある。ポストモダン(PM)のキーワードは、ごった煮と折衷と解釈だ。シブヤ派はもともと「ごった煮」だからこれは問題ない。

折衷主義だが、ネットウエブとリアル出版、文字と写真などの折衷はよい、これからもあらゆる折衷にトライしてほしい。和漢、和洋、老若、男女、内外、真偽、善悪、美醜、巧拙・・・
解釈と展示だが、この前、久しぶりに天才思想家・東浩紀と話す機会があったが「ネット上のコミュニケーションでは、あらゆることが等価にあつかわれ、しかも、話のネタ以上でも以下でもなくなった。たとえそれが安保問題であっても」といっていた。

まさにモダンでは何を造るか・何を作り変えるかが大事だった。しかし、ポストモダンでは、すでに存在しているものを、そのどの部分を、どこに、いつ、何を添えて、何にみたてて、どう置くのか、並べるのかが大事になっていく。

ポストモダンと元来の日本文化は相性がよいが。まさに、生け花やお刺身の作法と酷似している。

社会思想家・大澤真幸が「デュシャンの『泉』を例に、ゴミを置く場所の選び方、文脈の与え方が芸術になりつつある」といっているが、主義主張の正しさや主題の大きさや軽重にも、関心が払われなくなっている。
PMでは、作品の内容より、むしろ、それがウケルのかどんなコメント(批評)やレスポンスが、どう付され・発展するかが大切になってきた。

さらにいうとPMでは、書き手・作り手は、どう頑張っても支配的な役割は果たせなくなった。代わって、読者との関係を紡ぎだす編集者や解釈する批評家の役割が大きくなる。

福井さんの健闘を祈る!

僕も苦手な小林秀雄を読み返してみる気になってきた。

2007-12-28 17:56:00

0001ブログ好きの日本

2007年もおわろうとしているが、日本ではブログが、今だに大流行りだ。世界のブログの半分は日本人が書いているという説すらある。

さて、ここで問題!「日本人はブログ好きな民族なのか?」

ブログってえのは、この数年、しかも若者の間で流行ってるだけだから「ノー」と思いきや、正解はイエスだ。

ブログとは電子版私日記ともいえるが、中高校時代に受けた森本先生の国語の授業と、知の師匠・松岡正剛先生の塾でおそわったこともあわせて、すずかん流に判断すると、「日本人はブログ好きの文化遺伝子(ミーム)をもっている」と断言できる。言い換えれば、日本人のブログ好きは流行ではなく不易だ。

ネットというと新しいものと錯覚してしまうが、実は違う。確かに技術は新しいが、ネットという新たなメディアの登場は、新しいものを創るのではなく、あらゆるものの化けの皮を剥がし、その本性や真相をより明らかにする。

今年の字に清水寺が「偽」を選んだが、昔からの偽が、白い恋人、赤福、吉兆と、どんどん暴かれたのも、ネットの普及が背景にある。

日本初のブログは、平安時代中期に綴られた清少納言の「枕草子」。「春はあけぼの・・・」のくだりで有名だ。まず、女性の間で私日記が流行り、それを羨んだ紀貫之は、その土佐日記の冒頭で、女もするという日記を、男である私も、仮名書きではじめてみるとなっている。当時は、真名つまり漢字は男、仮名は女が使うものだった。

鎌倉時代に入り、枕草子と並ぶ日本二大ブログの双璧・徒然草が、世を捨てた僧侶、吉田兼好によってつれづれにかかれるが、たぶん、女性と世捨て人のブログが大ヒットするだろう(笑)。

清少納言という書き手の名前も、少納言であった清原元輔の娘というだけで本名すらわかってないし、枕草子という題も、「枕草紙」からきているが、今でいうと、ホテルに泊まるベットの脇にメモ帳があるが、あれのことだ。この辺りも、ブログらしい。

何百年後の今、国は、枕草子・徒然草を、教科書という国家メディアに載せて、全日本青年たちに読ませようと躍起になり、一方、真面目な受験生ほど、食事も惜しんで、そこにでてくる古文単語の暗記に必死になっているのは、清さんちの娘も、世捨て人の兼好さんもビックリだろう。だから歴史はおもしろい。

もっと、おもしろいことに、古文嫌い・勉強嫌いの高校生も、携帯ブログにはハマっているから、いずれにしても、若者たちはブログからは逃れられない。やっぱり、日本人はブログ遺伝子をもっている。

すずかんブログを始める。
僕自身、自分のなかにどんなブログ遺伝子が眠っているのか楽しみだ。
どうぞヨロシク。

2007-12-27 00:35:00

PROFILE

鈴木 寛

参議院議員

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