このことを書くなら、
今日かな、と。
ずいぶん昔のことだけど、
会社を、というか、社長を辞めたくてしょうがなかった時期があって、
役員会でも、近々辞める!と宣言して、
さんざん周りをふりまわしたことがありました。
違う道を夢見ることは楽しかったけれど、
それまで一緒にやってきたスタッフのことを思うと、
本当に自分だけが辞めていいのかどうか、
ぐるぐるしていた毎日でした。
深く深く悩んでいた毎日でした。
もともと、社長になりたかったわけじゃなし、
必死に仕事してたら、そういうコースになってしまった、
いつも自分では不本意な気持ちでいっぱいでした。
わたしがしたかったことはコレではない!
反逆的で何でも人のせいにばかりして、自分探しの部類だったかもしれません。
才能とは、
誰にでもあるものだと思う。
でも、才能とは、
自分で決めることでもなく、
人に認められてこそ、だと思う。
賞賛されたり、
人のためになったり、
現実的には利益になったり。
わたしは、自分の才能はクリエイティブにあると、
若いときから思っていたし、その方向にいきたいと望んでいました。
でも、なんだか方向がずれたみたい。
いまでこそ、わたしは周りから経営者として、
ほめられて(けなされることもあるけど)、
お金が儲かって(儲からないこともやるけど)、
期待されている(と思うしかない)。
つまり、これがわたしの才能なのでしょう。
いまは自覚を持って、この道をまっすぐ進んでいるつもり。
最近、他社の役員について、部下と話したときのこと。
「えらいよねぇ、彼って前の仕事でひと財産築いて、働かなくたって一生食べていけるのに」
「社長だってそうじゃないですか」
「・・・。」
そうなんだ。
気づかなかった。
わたしって働かなくたって、辞めてしまっても、食べていけるんだ。
この何年も働かない生活なんて考えたこともなかった。
わたしは、浜崎あゆみと出会ってからというもの、
仕事を辞めようなんて思わなくなっていたのでした。
あゆと知り合ったとき、
それは、ちょうど会社を辞めると宣言したばかりのとき。
彼女がちょうどトップスターとして頂点に登ったころ。
嫌な事があったらしく、
ちょうど知り合ったばかりの、
わたしのところに逃げてきたのでした。
その日から、合宿のような日々を過ごして、
お互いを感じ合っていると、
まもなく、
彼女を追って、
衣装合わせだの、音源やら映像やらあらゆる確認ごとを持ったスタッフが、
わたしんちにまでぞろぞろ出入りするようになりました。
その様子を見ていると、
仕事の指示は的確で、
見えないはずの裏の作業まで、すべて彼女にはお見通し。
よくあるあいまいな書類の書き方にまで注文をつけ、
どんなごまかしも利かない、ストレートな洞察力と想像力。
そして、昼夜を問わず、膨大な仕事量がどこまでも追いかけて来る、
彼女がアーティストとして完璧であろうとする努力を見てしまったのです。
目の当たりにした激しさと、
揺るがない素直さと、
感度の高さと、
素顔の可愛らしさに、
たちまちノックアウトされてしまったわたし。
そして、なによりも、その天才的な仕事っぷりに深く惚れ込んでしまったのです。
この人と、
並んで生きていくには、
同じぐらい仕事をしなければならない、
いや、むしろ、
ずっと年上のわたしは、
この人の道標になるべきで、
この人以上に仕事をしなければならない、
だって、
この人の相談に乗れる相手は、
マドンナかユーミンか松田聖子ぐらいしかいない、
そう思うようになった後は、
負けじと仕事して、
おかげさまで、
わたしも結局、ずっとがんばってこれているのです。
わたしは、わたしの世界の中でだけど。
もちろん、
彼女だけではなく、
その他にも、わたしを駆り立てる存在は少なくありません。
多くの人によってわたしは支えられています。
けれど、やっぱりわたしにとって彼女は特別。
本当に会えてよかった。
会ってなかったら、
いまのお互いはないかもしれないぐらい、最高の励みだろうと思う。
神様に感謝。
自らが表に出て仕事することには、
人並み以上の喜びがあるのと同じぶんだけ、
人並み以上の苦しみもあります。
いろんな痛みを知っているぶん、
多くの人の悲しみや喜びを表現する役割を担っているのだと思います。
望む人がいる限り、
それは、あなたの才能。
惜しみなく、その才能を使っていこう。
いつも全力で人の期待に応えようと努力する、きみを尊敬しています。
がんばれ!アジアの歌姫!

紅白出演後の慌ただしいカウントダウンライブの本番直前。
いつだってものすごく緊張してるだって、実は。カワイソにね。
2008-01-08 01:53:13

