
5月7日 午後。
サリマ郡にあるSalima District Hospitalという公立病院を視察に。

この地域に暮らす34万人に対し、病院はこの一軒。
340.000人に、たった400床のキャパシティ。
それでも、ここにはこのような施設があるだけましなそうです。


やはりメインは、HIV感染の検査と予防、感染者への薬の処方。
そして、エイズ発症者の治療、マラリアの治療、と死亡率の高い病いとの闘いの場です。

免疫力の落ちた患者が多い診療エリアへ。
来訪者は余計なウイルスを持ち込まないように、マスクを配布されます。
14歳の女の子が、エイズによる皮膚ガンの治療を受けていました。
手脚が長くて、背が高くて、すらっとした美少女でした。
治療を終えた彼女がよたよたと歩き出す姿を見て、息がつまりそうになりました。
片方の脚のヒザから下が、ぎょっとするほどゾウの脚のように膨れ上がっていました。
家族の付き添いも見当たらず、彼女はひとりで治療に通っているようでした。
痛みでままならない脚を引きずって、
きっと何キロも自力で歩いて、ここまで通っているのでしょう。
わたしは、これほど絶望にみちた瞳を見たことがありませんでした。
そして、彼女の様子とは、常識的な知識を持つ者ならば誰でも、
もう長くはない事を予測ができるものでした。
わたしたち訪問者は、平静にふるまう看護士たちを見習って、
この動揺が彼女に伝わらないように、
表情に現れないように立っているのが精一杯でした。
産科へ。

前日に生まれたばかりの赤ちゃん。


この子は17歳の新米ママ。
側には母親が付き添い、こう語っていました。
「うちの娘はHIV陰性でした。幸運です。」
隣の分娩室では、いまにも産まれそうな女性がひとりぼっちで陣痛に耐えていました。
ベテランのわたしとしては、思わず日本流に腰をさすってあげたくなりました。
壁のいたるところに啓蒙ポスターが貼られています。
検査へ行こう、カウンセリングを受けよう、HIV感染を予防しよう、と。
その夕方。
サリマ病院の保健士の案内で、ある女性の家庭を訪ねることになりました。


5人の子供を持つ36歳のお母さんの話を聞いています。
一番上は19歳、一番下は1歳と8ヶ月。
その五回目の妊娠時の検査で、彼女は自分がHIVに感染したことを知りました。
カウンセリングや薬の処方のおかげで、
出産時の母子感染は免れたそうです。


夫は学校の警備員をして、以前は月に60ドルほど稼いでいましたが、
今年2月に失業し、仕事がないままの状態だそうです。
家事に追われて、彼女が働きに出ることもできない。
お金がないこと、食べ物がないこと、
HIVよりも、そんな直近の日々の暮らしのほうが不安そうだった。

台所。
トウモロコシを干して粉にしたものが主食だそうだ。
それがどんな食事なのか、知る機会はなかった。

めずらしい人種の来訪に、
近所の子供たちが集まり出し、こちらを覗いていた。
男の子に戦闘ポーズがウケるのは、万国共通のようです。
女の子は、長い髪や肌の色やアクセサリーが気になるようで、
いつまでも、わたしに触り続けていました。
子供たちにとって、大切な保護者を失うことのないように、
また、母子感染を予防するために、
HIVに感染した母親たちを対象に、
カウンセリング、薬の提供、ヘルスケアなどのプログラムを作り、
ユニセフの基金がサポートしているそうです。
(マラウイ、あと二回ぶんあります)
2008-06-12 00:00:00

