まずは、お詫びから。
実は私、久方ぶりに風邪を引きました。
その結果、先週予定されていた数々の予定をキャンセル。
多方面の方にご迷惑をかけたようです。
すいませんでしたm(__)m。
とりあえず現在ではほぼ回復し、
健常者としての日常を満喫しています。
つい先日は、日本シリーズを観戦しに、別称「星野ドーム」とも言われるナゴヤドームへ。
奇跡(?)の2ショット。
風邪薬とビールを一緒に飲み意識が朦朧とする私と
一球一打に欣喜雀躍するオヤジ(左奥で足を組んでいる人物。もうろくしましたなぁ)。
喜ぶ中日ファン。
なぜわざわざナゴヤまで? と思う方もいるでしょうが、
それはその……オヤジへの孝行ということで……。
私のオヤジは生粋の愛知県人で、大の中日ファンなんです。
以前もこのブログで書かせて貰ったように、
オヤジは弁護士一家に生まれた落ちた唯一の落ちこぼれということで、
コンプレックスを全身に背負い込んだところがあり、
かなりいい加減な人生を送っておりました。
彼にも人権がありますから、詳しいことは書きませんが、
世間一般で言う「父親の物差し」で計るなら、父親失格だったと思います。
たとえるなら、我が福井家は
一種の「たけしくん、ハイ!」的な家庭だったのかな。
正直言うと、オヤジとのことであまり良い想い出はありません。
だけど、昭和49年に中日が20年ぶりのリーグ優勝を果たしたとき、
感涙にむせぶオヤジに肩車をされたことだけは
いまでも強烈に覚えているのですよね。
このとき幼心に刻まれたのは、
「贔屓チームが勝つのってそんなにうれしいのかな」
(このオヤジをここまで喜ばせる野球って何なんだ??)
という素朴な疑問と
「オヤジでも泣くんだぁ」
という素朴な驚き。
今になって思うと、
この原体験が、後の私をスポーツの世界へと
引き込んでいったのかもしれません。
もちろん、後にも先にもオヤジの涙を見たのは
これっきりという意味でも印象深い「事件」でした。
私は心の奥底に
「こういう人物にはなるまい」
という想いを常に抱いていた気がします。
だから、お陰様で(?)、精神的には早いうちから自立でき、
「自分でメシを食べなきゃ」という意識を持つことができたようです。
大学の学費も自分で負担したし、
考えてみれば、東京に出てきてから今日まで、親のすねを囓ったことがない。
(お陰で大学時代はバイトばかりでした。
決してネタみでもなんでもなくて、
“すねを囓る”という行為があることを知らなかったんです。
だって、囓る対象=親という考えはありえなかったんですから)
決して自分にとっては愛すべき存在とは言えなかったオヤジです。
なのに不惑になるや、「あまり親孝行をしてなかったな……。自分も駄目息子だ」
という想いが脳裏をよぎるようになったんですよ。
駄目オヤジでも親は親なんだな、やっぱり。
彼が母親とSEXをして種を宿してくれない限り、
私はこの世にいないんです。
なんか、中日がチャンスを迎えるたびに
喜ぶ、耄碌したオヤジの姿を横で見ていると
妙に嬉しくも、悲しかったりして(しんみり)。
何か不思議だなぁ。
こんなこと考えている自分が不思議だよなぁ(^_^;。
前置きが長くなりましたが、そういうことで、
ナゴヤへ行ってきたわけです。
現地では、いつものように山本屋本店の味噌煮込みを食べ、
秋の限定品。モツ入り味噌煮込み。鳥小屋も顔負けのうまさ。
ナゴヤの「オークラ」と言われるキャッスルホテルに泊まり
屋の窓からは、名古屋嬢ならぬ名古屋城(本物)。
「ナゴヤ」をちゃんと堪能したわけです。
ほかにも、最近は
某人の誕生日を都内某店で祝い、
ぴあの内藤編集長(右)と単行本の責任者の大澤さん(左)と一緒に酔っぱらい、
(本当は打ち合わせです)
いつもの公園を走りました。
(みよ、履き込まれたエアマックス180!)
びっくりすることに、走りがだんだん速くなっています。
心肺機能が高くなっているのは実感するし、
何より公園1周あたりのラップタイムが走る毎に上がっているんです。
始めたときよりも、30秒は早くなりました。
この年からでも肉体は進化するのか??
ということで、何とか浮き世に戻りましたとさ(^O^)/。
2006-10-25 17:30:00
