今日は打ち合わせ三本という
地味一な日でした。
スイッチなど。じみ〜な写真。
ということで、本日は閑ネタを……。
私は以前、「プレジデント」という
「サラリーマン社会を生き抜くための知恵雑誌」の
編集部に在籍していたわけですが、
そこのHPで、こんなコラムを書いていました。
約4〜5年前でしょうかね。
【以下、本文ママ】
暴論かもしれませんが、
私は、「出来ること」—「出来ないこと」=「人生の豊かさ」 という公式を、
一つの人生指標としています。
つまり、どんな状況、年齢になっても「その年齢、立場になったからできること」の総量が、
「その年齢、立場になったから我慢しなければいけなくなったこと」の総量よりも上回っていれば、
人は活き活きするし、その逆になると、殷々鬱々としてしまうように思っています。
先ほどの知性の話でいけば、たとえ記憶力が衰えたとしても、
人生経験があるから乗り越えられることも、世の中には多々あります。
些細なことかも知れませんが、こんなことにも喜びを感じられる感受性があるかないか。
実はそれも、自分の人生を「豊かなもの」と感じるか、
そう感じないかの分かれ目のような気がしてなりません。
私はまだ、35歳の若輩者ではありますが、
自分の人生を振り返ってみると、今が一番楽しい。
決して「学生時代はよかったなあ」などと思いません。
やっぱり、学生時代に
「若かったからこそできたこと」—「若いゆえに出来なかったこと」の総量より、
社会人になって
「さまざまな人と出会い、ご協力をいただき、その上で仕事をしているからこそできるようになったこと」—「サラリーマンとして、年齢を重ねたからこそ我慢しなければならないこと」の総量のほうが多いのだと思います。
【本文おわり】
いまも、この考えに変わりはありません。
2006-11-15 01:20:00
