かれこれ10年以上前、
私がウィーンという街に興味を抱くようになったのは、
「盛者必衰」を地でいくかのような
パプスブルク家の壮大な物語に魅せられたことが一つ。
それと、映画『第三の男』(ウィーンが舞台)の、
コントラストのはっきりした白黒の映像が
頭の奥深くに刻まれていたということがあります。
決してクラシック音楽から入っていったわけではありません。
で、実際訪ねてみると、余計に魅せられてしまったのです。
何というか、かつて歴史の表舞台で栄華を極め、
そして世紀末を迎えた為政者の悲しみや憂いが
街にしみこんでいる感じがするんです。
そして、人々が優しい。
「海援隊」の「贈る言葉」ではないけれど、
悲しみを秘めた者だけが抱くことのできる
本当の優しさが街に溢れている気がしたのです。
何かこれは、歴史に蹂躙されてきたベルリンが内包する「冷たい情熱」にも似ているし、
戦時中大量の血を土中に染みこませた沖縄が抱く「悲しい朗らかさ」にも似ているし、
フランコ独裁下で辛酸を嘗めさせられてきたバルセロナが秘める「頑固な楽天性」とも
根が同じような気がしました。
まあ、百聞は一見にしかずです。
興味を持った人は、ぜひ行ってみてください。
できたら5月〜6月に。
(冬は寒いので)
ということで、写真日記の続きです。
・12月31日 いよいよ大晦日。
まずは「フィガロ・ハウス」へ。
ここは、モーツァルトの住居です。
ここでオペラ『フィガロの結婚』が書き下ろされたので
フィガロハウスと言われています。
下の写真は、部屋の窓から見た風景。
ちなみに来場者の三分の一が日本人でした。
(日本人のモーツァルト好きは有名)
日本人マネーが支えている“ブランド”は
ルイ・ヴィトンだけではないようです。
・同日 シュファン寺院近辺で小休止し、
いざ、フンデルトヴァッサーハウスへ。
天気は上々。
これがフンデルトヴァッサーハウス。一般住宅です。中には入れません。
一般住宅なのに、この見物客。
・同日 そのまま近所の「クンスト・ハウス」ヘ。
ここは、フンデルトヴァッサーの
ミュージアムにもなってます。
お約束、館内のカフェで小休止。
フンデルトヴァッサーは「直線=人工的」として嫌いました。
なので、足下は常に湾曲してます。
お馴染みの記念撮影。
ちなみに彼が残した言葉で最も印象に残ったのは
IF WE DO NOT HONOUR OUR PAST
WE LOSE OUR FUTURE.
IF WE DESTROY OUR ROOTS
WE CAN NOT GROW.
です。
・同日 ウィーンの大晦日といえば「こうもり」。
正装して再びシュターツ・オパーへ。
ちなみに席は、3階のバルコニー席。
舞台に近くて見やすかったです。
ここが入り口。
扉を開けるとこんな感じ。コートかけもあります。
こちらの最前列一番左の席でした。
「こうもり」は最高の盛り上がり。
アドリブ連発で、とても面白かったです。
コテコテのイタリアンオペラが歌舞伎の「時代物」だとすると
オペレッタの「こうもり」は歌舞伎の「世話物」という感じ。
私はこういう軽妙なタッチの方が好きだな。
・同日 いったんホテルに戻って着替え、
いざ、カウントダウン!
市内のあちこちで打ち上げ花火。
驚くなかれ、すべては市民の「持ち込み」です。
がんがん「流れ弾」が世界遺産のシュテファンに当たってます。
(ひえ〜)
日本では考えられない。
だって、寺院は木造建築だから燃えちゃう。
市内中心部の10カ所に特設ステージが設置されました。
まさに、市内全体がクラブ状態。
途中、ホットワインとホットドッグで腹ごしらえ。
これが美味いんです。
肉を食ってる感じ。
ただし、ホットワインは調子こいて飲んでいると
結構酔っぱらいます。
みなさんすっかり羽目を外し、
あれほど美しかった街がすっかりゴミ箱状態……。
ワインの空瓶があちこちにころがってました。
しっかし、楽しかったなー。
ウィーンの年越し。
みんな酔っぱらってて、行儀悪くて、
(目がいっちゃってた)
中国の春節のように爆竹が
バンバン鳴って。
ちょっと怖かった。
品の良い街ゆえに抑圧されていた感情が
一気にスパークした感じ。
もう一つのウィーンの顔を見た気がしました。
・1月1日 帰国の途へ。驚いたのは、あれほど汚れた街が、
すでに綺麗になっていたこと。
いったい誰が、いつ掃除したんだ??
小市民の私はもちろん、中央駅から電車で空港へ。
ところがこのシティ・エアポート・トレイン、
めちゃくちゃ快適。
15分程度で空港につきます。
デザインもいいですよね。
決め手は材質と色彩なんだろうな。
成田エクスプレスも頑張って欲しい……。
ちなみに乗車賃は9ユーロとちょっと高め。
ああっ、後ろ髪引かれる思い……。
・1月2日 成田空港に到着。そのまま成田山新勝寺へ。
これぞ、千葉のシュテファン(?)。
やはり私は日本人なのです。
っていうか、初詣で初めて
自分が厄年だということを知りました。
くわばらくわばら。
長らくのご傾聴(じゃなくてご閲覧?)
ありがとうございました。
2007-01-07 21:14:00


