いま、訳あって「ナショナリズムという迷宮」を読んでいます。
これ、めっちゃくちゃ面白いです。
知性というものが持っている力を思い知らせてくれる
対談です。
佐藤優さんによるライブドア事件の解釈も
凄く面白かったけれど、
私的に最も印象に残ったのは宗教の解釈です。
たとえばキリスト教とイスラム教の違い。
佐藤さんが言うには
・キリスト教は性悪説に立脚。
・キリスト教には「原罪」意識がある。
・イスラム教は性善説に立脚。
・イスラム教には「原罪」意識がない。
ということになっています。
つまり、キリスト教は
神が自分に似せて作った「人間」アダムとイヴは、
そもそも罪をおかした存在で、
(禁断の果実を食べてしまったことを神にとがめられたとき、
一方はウソをつき、もう一方は言い訳ばかりをした)
非常に不完全な生き物であるとしています。
そもそもウソをついたり、人をだましたりするのが
人間という生き物なんだ、
という「原罪」の意識がキリスト教にはあるんです。
ところがイスラム教の場合、
人間のできかたそのものは
旧約聖書の記述と同じだし
神の言いつけに背いて楽園から追放されるところも同じなのだけれど、
アダムは追放される前に神と和解しているのだそうです。
だからこそ、
人間=神と和解した存在=「原罪」意識がない、
ということになる。
よって、そもそも「原罪」意識のある
IRAなどのキリスト教系のテロは
爆殺のような抗議行動はするけれど
世界を巻き込むほどの破滅的行動までには至らず、
「原罪」意識がなく、神に認められた自分たちは絶対に正しいと
考えているイスラム教のテロは、
よりいっそう過激化するのだとしています。
たとえるなら、
イスラム教は「星飛馬」で、
キリスト教は「ねずみ男」だと。
星飛馬は「自分の思いこんだ道」をまっすぐに進むけれど
親友・伴宙太との関係は壊れるし、
周囲の人の恋愛関係もめちゃくちゃになってしまうし、
最後は本人も廃人になってしまう。
主観的にはいいことをしていると思ってはいても
第三者が客観的に見た場合、決して周囲に幸せをもたらす生き方ではない。
一方のねずみ男は、
浮き世の酸いも甘いも
清濁すべて併せのんで、
現実的に生きていく……。
何か、すごっく腑に落ちる説明でした。
え?
私はどっちだって?
たぶんねずみ男でしょう。
というか、ねずみ男的に生きたいです。
本当に不完全な人間ですから、私。
さて、以下は写真レポートです。
2月22日。
比較的自宅から近いので、
いつか行こう行こうと思っていながら
一度も行っていなかった「GUCCINA」で食事をしました。
美味しかったですね〜。
イタリアンの豪快さと日本人的な繊細な味付けの
ブレンド加減がほどよかったです。
ネットの掲示板では賛否両論あるみたいですが
私は美味いと思いました。
2月23日。
BEAMSのプレスルームに遊びに行きました。
写真は水尾旅人さん。
スワローズのユニフォームをデザインした人です。
水尾さん、これからもBEAMSオフィスにちょくちょく
遊びに行くのでよろしくです。
2月24日。
フォトグラファーの前くん。
一緒に沖縄の居酒屋で食事をしました。
そうなんです、
現在沖縄にいるんです、私。
当然古田兄ぃの取材ですね。
また明日、沖縄ルポします!
2007-02-24 23:50:00
