昨晩、一青窈さんと穂村 弘さんによる
「詩と短歌と歌詞」の朗読会を行いました。
(会員受付だけで定員オーバーとなったため、
HPには情報を出しませんでした)

約2時間、「ことば」が紡ぐ数々のセンテンスを味わったわけですが、
「ことば」というものの力を再認識した次第。
「ことば」は腹の底から人を笑わせることもあれば、
心の琴線に触れ、落涙させることもある。
凄いです、「ことば」は。
だけど私は、
「ことば」は「現実」を超えられないとも思っています。
「ことば」はあくまでも「情報」や「想い」など、
“いまそこにある現実”を伝えるための手段でしかない。
(古い話ですが、チャゲ&飛鳥は『SAY YES』の中で
「ことばは心を越えない」と端的に表現していたりします)
たとえば目の前に存在する「薔薇の美しさ」を、
薔薇について説明する装飾された「ことば」が
越えることはないと思うのです。
その意味で言うと、私のスタンスは、
現実世界への敬虔さを持ち続ける谷川俊太郎さんに近く、
現実に存在するとされたものを信じない、
現実への敬虔さを欠く寺山修司さんとは異なるのかもしれません。
とは言いながら私たちはつねに「ことば」で思考し、
「ことば」で伝えなければならない。
このギャップに常に悩むのだし、
ギャップがあるからこそ、そこには解釈の余白が生まれて
ドラマが誕生するのかな、という気もします。
2009-05-02 17:11:00
