SPBS 『TOKYO WONDER WALL』

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2008.05.07 Update

  1. 【プロローグ】
  2. 【1】
  3. 【2】
  4. 【3】
  5. 【4】
  6. 【5】
  7. 【6】
  8. 【7】

「一人になると、くだらないほど危機感を覚えるときがあるんだ」
「どういうこと?」
「自分はこんなことをしていていいのか、ってね。24時間を考えられる限り効率的に使うことができたら、もっと何か得があるんじゃないか、そのぶん自分は損をしているんじゃないかって」
「確かに、これまでに見て来た203人は例外なくほとんどの時間を無駄に消費していたよ」
「やっぱり」
 僕は笑う。
「そんなとき、僕が小さいころばあちゃんに言われた言葉を思い出すんだ。『人は常に自分が望んだ状況にいる』」
「へえ」
 君は感心したように続ける。
 それはとても的確な言葉だった。
「とても賢い人だったんだね」
 その通り。
 祖母は、とても優しくて、賢い人だった。

   *

 家につくと、ドアに鍵もかけず、一直線にベッドへ向かって倒れこんだ。
 2時間前に祖母が亡くなった。その病院から帰ってきたところだった。彼女は72歳だった。
 今朝、母から祖母が危ない状態だと知らされ、病院へ行くことになった。その電話を聞きながら、祖母が亡くなったら僕は自分が泣くのだろうと思った。しかし、安らかに息を引き取る祖母を見守ってから今にいたるまで涙腺が機能することはなかった。それどころか、不思議と冷静になっている自分を感じた。いま、自分の体温を計ったら、普段よりも低い数値を示すのではないかと思うほどだ。
 けっして祖母が死んだことに興味がないわけではない。むしろ僕は小さなころ、彼女にたびたび面倒を見てもらったことをよく覚えているし、今でも感謝している。あやとりや竹とんぼのような古い遊びを、下町の祖母の家で教わったことを鮮明に思い出せる。
 なのに僕が涙を流さないのは、人の死という現象を目の前で観察し、考えることがあったからだ。10人ほどの親族に見守られ、白く清潔な布団に包まれ、笑いながら目を閉じた祖母を見て、ああこの人はいま死んだのだと、そう思った。
 人が死ぬというのは、そんなに大したことじゃないのだという感想を持った。たとえば産まれた町から出ることなく一生を終える人はこの世にいるかもしれないが、死だけは生まれてきたものすべてに訪れる平等で当然の出来事なのだ。
 医師がドラマのようにご臨終ですと伝えて、親族たちは泣くか、あるいは苦しそうな表情をつくった。僕は理由もなく無表情でいようと決めた。悲しみは確かにある。お年玉をくれるときの嬉しそうな表情を見たり、祖母の家にしか存在しない独特の落ち着いた匂いを嗅ぐことはもうできない。
 しかしそのために泣いて悲しみを表現するのは少なからずエゴであるように感じられ、僕はこれから人が死ぬことに普通よりも興味がないかのように振る舞おうと決意した。そして、ふとしたときに僕を愛してくれた故人に対して心の中でだけ感謝を伝えながら、何事もないかのように生活を続けて行こうと思った。
 ――母さんは生前葬を自分で済ませており、自分が死んだあとにお前達が心配することは何もないと仰っていました。
 祖母が亡くなった直後に、彼女を一番看病していたという伯母さんがそう伝えた。
 また、今朝は自分の死期を悟り、自分の力でトイレへ行ったのだという。
 自分の死を迎えようとする人にとってこれ以上の姿勢があるだろうか。
 僕はそれを聞いて、祖母は素晴らしい人だったのだとあたらめて思った。
 僕は祖母との思い出を物語のように君に話す。相槌を打って静かに聞いてくれる、実態のない壁の染みであるはずの君が、寄り添っているかのように心地よかった。

  1. 【プロローグ】
  2. 【1】
  3. 【2】
  4. 【3】
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  6. 【5】
  7. 【6】
  8. 【7】

次回【6】を公開します。お楽しみに。