SPBS 『TOKYO WONDER WALL』

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2008.05.21 Update

  1. 【プロローグ】
  2. 【1】
  3. 【2】
  4. 【3】
  5. 【4】
  6. 【5】
  7. 【6】
  8. 【7】

「今日で僕は20歳になったんだ」
 その日も変わらず大学へ行くだけの一日だった。特別といえるほどの出来事もなく、何人かの友達が祝福して昼ご飯を奢ってくれたり、しっかりと重さのあるボールペンをプレゼントしてくれたり、それくらいだ。
「おめでとう」
 君は相変わらず無機質な声で言う。
「なにがめでたいのかとも思うけど、なんだか嬉しいね」
「個人をお祝いする機会なのさ。普段の感謝を伝えるのにうってつけの日だよ」
 なるほど。
「20歳はなんだか意識してしまう年齢だね。酒や煙草はもちろん、自分で借金ができるし、投票にも行ける」
「なによりキリがいい」
 くすりと笑いを漏らす。気の利いた返しだと思った。
「それが一番の理由だね」

   *

 僕は20歳になった。
 保護者の同意書無しで携帯電話を契約できるし、カードをつくれるし、会社をつくることだってできる。
 そうして行動の幅が広がるのは素敵なことだと思う。
 しかし、自分を俯瞰してみると、後ろ向きな気持になってしまうことだってある。
 日本に限ったって、この年で世間的に評価されている人は沢山いるのだ。
 高卒で就職して責任のある仕事を任されている人がいる。
 何冊も自分の本を出している人がいる。
 ハーバード大学で最先端の研究をしている人がいる。
 プロ野球選手として年棒をもらっている人がいる。
 笑顔と肌を売って生活しているグラビアアイドルの人がいる。
 バンドを組んで全国的に知られる曲をつくった人がいる。
 高名な文学賞を受賞した人がいる。
 オリンピックで金メダルを取る人がいる。
 それらは全て、僕と等しい時間を生きてきた人たちの達成したことなのだ。
「そう考えると空しくなってくるんだ」
 僕は、いつも君が返してくれる冷たくて心地よい返答を期待していた。
「評価されるのが目的でなければ、なんの意味もないと思うけど。まあ、人は比較が好きみたいだからね」
「比べないで生きるなんて不可能だから」
 部屋の照明は消えており、僕は枕元の電気スタンドを点けて雑誌を開いていた。くだらないファッション誌だった。君と会話をしているあいだは文章など頭に入ってこない。
「こうしてるあいだにも株取引をして、10億円くらいの資産を築いている20歳だってきっといるだろうな」
「大丈夫。壁の染みと会話している20歳はこの世で一人だけのはずだ」
「確かに」
 君の冗談がすごく好きだった。
「ところで、例えば君がその10億円を持っているとして、何に使うの?」
「どうかな・・・・・・」
 君に訊ねられて僕は考えてしまう。
「まず、変わった壁の染みが付いたこの部屋を買う。それから、大きな本棚を買って好きな本で埋める。両親に気の利いたプレゼントをする」
「気の利いたものって?」
 僕はふたたび考えさせられるが、面白いことは思いつかなかった。
「・・・・・・それは、10億稼いだら考えるよ」
「へえ。他には?」
「あとは・・・・・・カンボジアに小学校でも建てようかな」
 そんな適当なことを言ってから、本当に10億円あってもそうするか分からないなと思った。
 僕にはそんな大金を使える欲も頭もないのだろうか。そう考えると、べつに株取引をする同い年の人間が羨ましくないのかもしれないと思えた。
 それでも、それだけ稼げる人間は凄いと思うし、何らかの才能を発揮していることは羨ましいとも思う。
「アリの話をしよう」
 君は抑揚のない口調で言う。
「世界で最も多くの食料を巣まで運んだアリがここにいるとして、もう一匹、一生何の仕事もしないアリがいる。人から見れば、どっちもただ生きているだけのアリで、大差は無いと思わない?」
「君から見れば、人が評価を競うのもそれくらい意味の薄いことだって言いたいの?」
「そういうことだよ」
 君は人じゃない。ただ同じ場所に、感情を交えず佇んでいるだけの存在だから、人間を冷静な視点で観察している。そんな君の言うことがいちいち新鮮で、僕はたまらなく好きだった。
「でも、自分を高いところから見下ろして、自分より優れた人間と比べるのは止めることができないし、それによって不安感が生まれる。無意識のうちにどうしても」
「不安があるなら、それを感じないように努力すればいいと思うけど」
「・・・・・・そうだね」
 僕は20歳になった。キリのいい年齢を迎えたこの夜、不安を拭うために行動していこうと決めた。それは、若々しい熱い決意ではなく、小さく静かにとどめておくような、しかも漠然とした思いだったけど、僕は大切なものを手に入れたような気がしていた。
「君の言う通り、勝手に自分と人を比べて落ち込むのはナンセンスだ。けど、それを抜きにしても、お金は欲しいな。好きなときに表紙が気に入った漫画や音楽を買ったり、思いついたときに旅行したり、ときどき可愛い女の子に晩ご飯をご馳走できるくらいのお金があったら素晴らしいと思う」
「僕もそう思う」
 僕の勝手な話に、君は同意してくれる。
 そろそろ寝るつもりで電気を切ろうとする僕の動きを察して、君はもう一度だけ声をかけた。
「誕生日おめでとう」
 時計は12時に差しかかるところだった。君が最後に成人を祝う言葉をくれたことになる。
「ありがとう」
 枕元の明かりは消え、暗闇が訪れて壁の染みは見えなくなった。いつもそれが会話を終えて眠りにつく合図だった。今朝から干していたシーツの感触が気持ちいい。今日、友達に祝ってもらった場面を思い返すとあたたかい気持ちになる。思い出は熱を持っているのだろうか。24時間前と比べて法的に大人になった僕は、今日も安らかに眠ることができそうだった。

  1. 【プロローグ】
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  3. 【2】
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  8. 【7】

次回【6】を公開します。お楽しみに。