SPBS 『TOKYO WONDER WALL』

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2008.06.11 Update

  1. 【プロローグ】
  2. 【1】
  3. 【2】
  4. 【3】
  5. 【4】
  6. 【5】
  7. 【6】
  8. 【7】

 人は何故、物語を書き、絵を描き、音楽を生み、映画をつくるのだろう。
「人は何故、物語を書き、絵を描き、音楽を生み、映画をつくるんだろう?」
 ある休日、友達と会う約束が直前になくなった僕は、本屋へ行って表紙の気に入った本を買った。煽りが格好いいCDを買った。タイトルに聞き覚えのある映画のDVDを借りた。一日中、作為的に生産された物語や音楽の世界に没頭し、僕は漠然とした疑問を持ったのだ。
 君は「わからない」と言った。
「壁の染みにそんな命題を突きつけられても」
「たしかに・・・・・・」
「でも、ひとつだけ言えるのは」
「うん」
「君のような人が求めている、ということかな」
「そうかな?」
「そうだよ。だって、きょう君はずっとつくられた世界を楽しんでいたじゃないか」
 確かに。

   *

 寂しさを紛らわせるために楽しい音楽をつくる。
 つらいことがあったから小説を書く。
 多くの共感を呼ぶために漫画を描く。
 喜んでもらうために映画を撮る。
 言葉には存在しない想いを表現するために絵画を描く。
 これらはすべてフィクションだ。誰かが実際に考えたことかのように書かれる文章も、目の前にある物体を忠実にスケッチしたイラストレーションも、何らかの媒体を通した時点ですべて虚構だ。
 フィクションは思想から生まれ、感情を生む。
「僕の好きな作家が、とても論理的で冷静な文章を書くんだ。彼はプログラマが本職で、文筆業は稼ぐためにバイトのような気持ちでやっているとインタビューで答えていた。でも、それは自分のキャラクターを無関心な人だと思わせたくてそう言っている部分と、そして照れ隠しから来ていると思うんだ」
 冷たく振舞うプログラマは、本当は物語をつむぐ行為を愛しているのだと僕は思う。
 時計は11時を指していた。一日中、部屋に閉じこもって受動的に過ごした感傷的な夜だった。
「誰でも表現する職業に就きたいと考えることが一度はあるんだ。中学生くらいの時が多いかな。落書きをちょっと本格的に描いてみたり、ギターに触れてみたりするのがそのころだ」
「僕がこれまでに見てきた君も例外ではない?」
「もちろん」
 僕は14歳のころエッセイストになりたかった。
「意外に地味だね」
「まあね」
 多くの人と同じように、ちょっと変わった願望を持つ自分が気に入っていたのだろう。
「自分には人より優れた感受性があると信じ込んでいて、日常的な体験を元に文章を書いたら評価されるような気がしていたんだ」
 僕にとって14歳はぎらぎらしていて、いちばん賢さの備わっていた年齢だと思う。それ以降は考えるスピードも記憶力も低下しているように感じる。
 そうした僕に言った君の言葉がとても新鮮だった。
「どうしてやめたの?」
 言葉に詰まる。
 君だから、その問いが出てきたのだろう。
 思春期に夢を見た経験が、誰にでもある。なんらかの理由でそれをあきらめ、あるいは忘れてゆくのが当たり前だ。自分がそうだから、封印された他人の記憶を掘り返そうとはしない。
 そんな常識のおかげで僕はなぜエッセイストになろうと思い、その決意を失ったのか考える機会はこれまでに皆無だった。
「単に飽きて興味が無くなったからかもしれない」
 僕はあまり考えずにつぶやいた。
「じゃあ、本当になりたかったわけではないんだね」
「・・・・・・」
 君の冷たい返事を受けると、当時の思考が鮮明に甦ってきた。
 14歳の僕は、今よりも少ない知識を元にだったけれど、まったく純粋に文筆活動に憧れていたのではないだろうか?
 夢をあきらめないだとか、陳腐な言葉は嫌いだけれど、少なくとも今の自分は向上心が薄れているのだと思うと、すごくみじめな存在に感じられる。昔の自分に怒られているようだ。
 高校生のとき、大好きな歌手に関わることのできる仕事に絶対就くのだと意気込んでいた同級生の女の子は、服飾の専門学校に進んでいったが、いまもその目標を変えずにいるのだろうか。
 僕が尊敬している作家は、若いころから今の自分をイメージして日々原稿用紙を埋めていたのだろうか。
 大学生活を優秀に過ごしている今の僕には、人に語るのが恥ずかしい夢も、現実的な目標もない。
 不意に、君とのある会話を思い出す。

「それじゃあ、僕は何の目標も持たずに生きていることを悩まなくてもいいのかな」

 僕は泣きそうだった。
『君』は言った。
「それが自然だよ」

 それを聞いたときの僕はその言葉に安心を与えられた。
 だけど、今は少し違う感情も芽生えてきている。
 やはり僕は自分のやりたいことを探そう、と思った。これまでの焦りにも似た不安とは違い、春風に吹かれたときのような前向きな思考だ。
「ねえ」
「うん」
「やっぱり恥ずかしい宣言だけど、僕は自分のやりたいことを探そうと思うよ」
 君がなんて答えるか、想像もつかないまま言った。
 そして君は変わらない調子で、
「それが自然だよ」
 その返答を聞いて、僕は安らぎを得る。

  1. 【プロローグ】
  2. 【1】
  3. 【2】
  4. 【3】
  5. 【4】
  6. 【5】
  7. 【6】
  8. 【7】

次回【6】を公開します。お楽しみに。